きょうは放送記念日で、NHKが特集番組をしてました。テレビを取り巻く環境が変わって、これからどうしたらいいんでしょう、ということをみんなで話していて、なんか余裕のなさを感じました。その番組を観てて、ふと、テレビが観られるためのキーワードが浮かんできました。

スポーツ中継って、今でもみんなが観るもののひとつです。筋書きのないドラマ、なんて言葉もありますが、テレビを観るためのキーワードは、この「筋書きのない」ってことじゃないかと思うんです。

つまり、この先何が起こるんだろう、というドキドキする感じ。そして、それを醸しだすのは「間」ではないでしょうか。

期待感をもたせる「間」って、比較的長いんです。どれくらいかというと、観ている人が「…ん? あれ? どした?」って感じるくらい。演じている方からすれば「こんなに待っていいの?」って、不安になる感じ。放送をやってると、2秒の間を取るのも怖いんですよね。

放送の人はこの「間」は怖いので、テンポよくするために編集しちゃう。リズムが出るぶん、不安定感はなくなる。「この先どうなるんだ?」の感じは、その「間」から生まれるんだよね。

観ていた特集番組も、最後に小野文恵アナウンサーがまとめようとしてもコメントが浮かばず、考えこんでしまう。その表情をカメラがずーっと撮っている。これだけでも十分、観ごたえはあるんです。「これまでのことを、どうまとめるんだろう?」って気持ちになって、結果画面を食い入るように観るんですよね。

ドキドキさせる、不安感をあおるために「間」を取るってこと、作っている側は難しいのは、ボクも同じ立場になるのでよく分かる。ビートたけしサンの「間抜けの構造 (新潮新書)」にも、「『間』って大事だよ」って書いてあったしね。