109シネマズ名古屋で「ファースト・マン」を観る。ニールの視点で観ていると、人類で初めて月に立ったという偉大なことも、小さなことにみえてくる。もっと大きな何かの中に自分がいるからだろうか。

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映画『ファースト・マン』公式サイト

幼い娘を亡くした空軍のテストパイロット、ニール・アームストロング(ライアン・ゴズリング)は、NASAの宇宙飛行士に応募し、選抜される。彼は家族と一緒にヒューストンに移り住み、有人宇宙センターで訓練を受ける。指揮官のディーク・スレイトン(カイル・チャンドラー)は、当時の宇宙計画において圧倒的優位にあったソ連も成し得ていない月への着陸を目指すと宣言する。

引用元:ファースト・マン (2018) – シネマトゥデイ

つきー! すごいー! ……って思ってた子供の頃もありました。人類が初めて月に下りたというのを知ったのは、学研まんがだったかな。やっぱり人間って、すごいなあと思いましたよ、子供の頃は。

でも、当時ってみんなが応援していたわけじゃないんだろうなってことが分かり、月に行くプロジェクトだって、当時はまあまあ危ない橋、というか、多少の無理があったかもしれないものだったのかもしれない。

いやいや、当時だって相当の自信があったからプロジェクトを進めていたんだと思うけど「そんなことより他にやるべきこどがある!」という声は大きかったようだ。

そういう声を強く受ける前線にいるひとり、ニール。彼がみている風景は、このプロジェクトを進めていくんだ! という強い意志というより、どこか俯瞰しているような感じがする。

そりゃあ、自分も訓練の中で危険な目に遭っていると、いろんなことを考えざるを得ないだろう。自分の命を危険にさらしてまで……という意識が出てきたっておかしくない。

娘を亡くしたことも、その考え方になる原因のひとつだっただろうな。周りに多くを語らず、自分の中でいろんな言葉が駆け巡っているニール。

そんな彼でも、月に立った時はそれまでの気持ちとは違うものが込み上がってきただろう。その後の彼の生き方に大きく影響を与えた……とうにはみえないけど。そこが、自分の中に感情をためていくニールの性格なんだろうけど。

彼が何をみているのか。その時、何を考えているのか。ニールの視点に徹底的に立って観ていると、自分も「世界で誰も経験していない孤独感」を味わえるかもしれない。