声優界のレジェンド、野沢雅子さんが言うことに納得。声優の役を演じている声優志望者は、それ以上にはなれない。


ボクは、声優。

声優の野沢雅子さんと平野文さんの対談を読む。

少年役を女性声優が演じるという“常識”は野沢雅子が確立させた!? レジェンド声優の数々の伝説が明かされる。 – otoCoto

平野さんの「若手俳優の演技はどのように映るか」という質問に、野沢さんは「個性が薄い」と答える。その原因のひとつは声優学校の存在、とも答えていた。

ボクが感じるのは、アニメを観ていて「あれっ?」と思うこと。俳優が声をあてているアニメを観て「うまい」と思うこと。

アニメの声をあてるのに、声優より俳優の方がうまい、ってことになったら、声優の存在がなくなっちゃう。

ボクが声優を養成する高校で教えていたときも、1年生でもうまい生徒はいた。でも、誰かのコピーなんだろうなって思った。

だから、言ったことがある。「うまいよ。でも、誰かと同じような声を出してたら、その人に役がいっちゃうよ。コピーはいらない、って思われちゃうから」

声優の役をやっている声優、って感じがした。「こういう役をやる声優って、こういう声を出すよね」という演技。だから、個性がない。

声優になりたい人は、どうしても声から入りたくなっちゃうのかな。それだと、演技って要素がどうしても薄くなっちゃう。

最近、俳優がアニメ映画の吹き替えをすることが多い。しかも、それがちゃんと成立している。さらに、芸人も吹き替えをするようになっている。

この流れ、ボクは昔「声優の領域に入ってこないでほしいなあ」と思っていたけど、最近は「声優が仕事を取られてしまうのも無理はないな」と思うようになった。

専門学校でも高校でも、体を使った演技の勉強をもっと入れた方がいいかもね。なんだったら、滑舌や発声練習、アナウンス原稿の読みなんて時間をもっと減らしてもいいかも。

でもね、それだけカリキュラムを充実させても、肝心の学生がやる気にならないとダメなんだよね。