トリビアの泉で沐浴

テレビ番組「トリビアの泉」で放送されたものに、思ったことを書いていきます

トリビアNo.198~206 トリビアの種No.010

      2013/08/24

No.206 「北斗の拳」を描いた原哲夫はふかわりょうのいとこ(番組評価 89/100へえ)

どこでどう調べたら分かるんだ、こんなトリビア!原哲夫さんは昭和36年(1961年)東京・杉並に生まれ、21歳の時「週刊少年ジャンプ」への投稿をきっかけに「マッドファイター」でデビューします。昭和58年「週刊少年ジャンプ」で原作・武論尊氏とともに「北斗の拳」を連載し「おまえはもう死んでいる」などのセリフは当時の流行語になりました。ふかわりょうさんは昭和49年(1974年)神奈川県に生まれ、平成6年芸能界入り。慶応大学経済学部卒の高学歴です。ふかわさんの母の姉の息子が原さんで、ふたりはいとこ同士にあたります。実は二人はふかわさんが赤ちゃんのとき以来会っていないそうです。だから、どこでどう調べたら分かるんだ、こんなトリビア!

折出の評価 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★☆☆

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No.205 毛虫が裁判にかけられたことがある(番組評価 84/100へえ)

1120年、ブドウ栽培者たちがブドウの樹を荒らす毛虫に対して裁判を起こしました。弁護士は被害状況と毛虫を調査し、それをまとめた請願書を裁判所に提出、それを受けた司教代理判事は毛虫に「裁判に出頭せよ」よ大声で通達しました。しかし、裁判当日毛虫は裁判所に来ません。そこで被告は欠席とみなされました。「出頭しても弁じられないから来ない」という弁護も認められず毛虫には破門判決が下ってしまいます。…以上、特に突っ込むこともなく淡々と書いてみました。「破門」は宗教の信徒を辞めさせる事で、当時においては死刑宣告に相当するものでした。動物に対しては他にも裁判沙汰になったことがあって、1510年にスイスとイタリアの国境の町でモグラに対して裁判がありました。畑に穴が空いて植物が生えないようにした罪とされましたが、モグラは害虫を食べてくれる有益な動物であると弁護され、子供とその親、妊娠中のモグラには安全通行権と14日の猶予期間が与えられました。

折出の評価 ★★★★★★★★★★★★★★★★☆☆☆☆

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No.204 山下清画伯は旅先ではなく家に帰ってから絵を描いていた(番組評価 80/100へえ)

ドラマのイメージ強いからね。さらに、テレビドラマではランニングにズボン姿の山下画伯ですが、実際は大変おしゃれに気を遣う方で「画家はベレー帽をかぶるものだ」とよくかぶっていたそうですよ。誰が言い出したんでしょう、「裸の大将」なんて。山下画伯は生前「絵を書くために歩き回っているのではなくきれいな景色や珍しいものを見るのが好きで歩いている」と語っていて、仕事の依頼があるとき以外は旅先では描いていませんでした。その作品は驚異的な記憶力で作られ、完成した貼り絵はその実際の場所と構図はもとより色合いもぴったりと一致しています。

折出の評価 ★★★★★★★★★★☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

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No.203 日本最南端の道路標識は「止まれ」(番組評価 78/100へえ)

日本最南端の道路標識は沖縄本島から南西に約500km離れた波照間島に設置されています。波照間島は人が住む島としては日本最南端で、車の台数は100台程度。交通事故は年に1~2回で島の人ではなく観光に来た人が起こす事が多いそうです。この「止まれ」の先は見通しが悪く、さらに急な下り坂になっていて、停車しないと危険なため設置してあります。ちなみに、日本最北端の標識は北海道の宗谷岬にある「駐車禁止」です。さらにちなみに、名古屋のJRセントラルタワーズの駐車場から出るときにある「止まれ」の標識は赤でなく、青です。ぜひごらんあれ。

折出の評価 ★★★★★★★★★★★★★★☆☆☆☆☆☆

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No.202 マレーシア語で「あらまぁ」は「アラマー」と言う(番組評価 75/100へえ)

マレーシアの公用語、マレー語で「アラマー」(alamak)は「予想だにしないことや思いもよらない出来事に遭遇し驚いたときに発する」言葉です。マレーシアの「アラマー」も日本ほど偏ってないにしろ「おばちゃん言葉」のイメージがあります。マレーシアは日本から飛行機で7時間の距離です。タイの南部に位置し、人口約2300万人で首都はクアラ・ルンプール。観光業が主な産業です。番組では日本で「あらまぁ」と言いそうな奥様方100人に聞いて、そのシチュエーションを本当に往年の人気クイズ番組「クイズ100人に聞きました」形式で紹介してました。上位3つをイラストで紹介してましたが、あのイラストは当時の番組と同じ人が描いていたことに気づいた人、います?そこに評価高。

折出の評価 ★★★★★★★★☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

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No.201 日本の戦車には全てウインカーが付いている(番組評価 82/100へえ)

戦場で曲がる方向教えてたら意味ないじゃない!と思うけどね。そういう時は当然ウインカーを隠します。緊急車両は道路交通法でウインカーをつけることを義務づけられていますが、戦車は除外されています。ところが自衛隊では「できるだけ法規に従おう」ということで全ての戦車にウインカーを付けています。さらに、一般道はもとより自衛隊の敷地内でも道路を走る時はウインカーを使い、さらには道路を傷つけないようキャタピラをゴムパットで覆って走ります。へえ、キャタピラは道路を傷つけちゃうんだ。てことは、ガンタンク乗りまくると道路はボロボロになりますね、一年戦争。

折出の評価 ★★★★★★★★★★★★★☆☆☆☆☆☆

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No.200 テンガロンハットは「水が10ガロン入る」という意味で付けられた(番組評価 72/100へえ)

うわ、これ、先週の予告トリビアからいやーな予感はしてたんだ…。ひょっとして、と思ったらそのものズバリでした…。テンガロンハットはウエスタンハットの一種で一番大きいもののことを言い、10ガロン(およそ38リットル)もの水が入る帽子だということで名付けられました。テンガロンハットは19世紀後半ごろ流行します。当時カウボーイは皆背が低かったため、自分を大きく見せるためにかぶっていました。テンガロンハットを見ればその人の収入状態がわかるくらいカウボーイたちはお金をかけていたんです。ある意味、クジャクですかね。ところで、テンガロンハットと言えばプロゴルファーの片山晋呉さんですが、片山さんのテンガロンハットには0.3ガロン(1.3リットル)しか水は入りません。ま、あくまで当時の広告のうたい文句ですから、ホントに入るわけではありませんよね…。テンガロンハット一杯に水をためておけば防災にも役に立つかと思ったけど、そりゃムリだあ。

折出の評価 ★☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

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No.199 サッカーのゴール横に公衆電話があるスタジアムがある(番組評価 76/100へえ)

ブラジル・リオデジャネイロの最大のサッカースタジアム、マラカナンスタジアムです。両サイドのゴールポスト脇に2台ずつ、計4台設置されています。もともとこの公衆電話は1980年に電話局が「試合結果をすぐ報告できるように」とマスコミ用に設置したものです。携帯電話の普及で現在はマスコミも使用していませんが、電話局が宣伝のため設置しています。もちろん今も電話は使えます。ただ、選手が試合中に使用するとイエローカードが出されます。まあ、そりゃそうだろうねえ…。

折出の評価 ★★★★★★★★★★★★☆☆☆☆☆☆☆☆

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No.198 マクドナルドのキャラクター「ドナルド」の本当の名前は「ロナルド」(番組評価 70/100へえ)

日本だとフルネームが「ドナルド・マクドナルド」です。「ドナルド」が2つならんで、なんて語呂の悪いと思っていたらそういうからくりがあったのね。日本に来たときに「ロナルド」という発音が日本人にとって発音しづらいだろうということで「ドナルド」になりました。さて、「マクドナルド」は1948年アメリカ・カリフォルニア州のドライブインストアでモーリスとリチャードのマクドナルド兄弟がポテトとシェイクを売り始めたのが始まりです。当初ハンバーガーは発売していませんでしたが、ハンバーガーを売り始めてから大評判となり世界的チェーン店になっていきました。日本では1971年銀座の三越に第1号店がオープンしています。おなじみのドナルドはマクドナルドの象徴的なキャラクターで、1963年アメリカワシントンDCでデザインされ、1967年にマクドナルドのテレビCMに登場して以来世界中で大人気となりました。ドナルドは「みんなのリーダー的存在」で年齢も性別も設定されていません。折出は「ビッグマック・ポリス」がお気に入りだったんだけど、今じゃどっかにいっちゃいました。あ、「グリマス」もいたよね。「ハンバーグラ-」もまだいらっしゃいます?

折出の評価 ★★★★★★★★★★★★★★★★☆☆☆☆

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トリビアの種No.010 100万円を全て10円玉に両替して鑑定するとおよそ100万5399円になる(番組評価 八分咲き)

一般にフチにギザギザのある10円玉、通称ギザ10は価値があるって言われてますよね。ギザ10にあたるとちょっとうれしくなったりして。そのギザ10、昭和26年から昭和33年に発行されました。あと、昭和61年と昭和64年の10円玉にも価値があるらしいですね。鑑定人によって評価は若干違いますが、昭和27・28・29年の10円玉の買取額は1枚11円、昭和30・61・64年の10円玉は1枚15円、昭和26・32・34年の10円玉は1枚20円、昭和33年の10円玉は1枚50円です。さあ、この評価をもとに100万円を全て10円玉に両替して鑑定したらどうなるんでしょう。銀行で両替をすると年代に偏りが出てしまう恐れがあるので、全国を駆けずり回って両替に奔走。一体感を出すためにイエローのTシャツを着て(ここ、笑うところです)。テーマソングはもちろん「サライ」(ここ、笑うところです)。そして両替された10円玉10万枚が集まった先はもちろん日本武道館(ここ…、そうです、笑うところ)。そこで鑑定された結果が100万5399円でした。数千円価値が上がるということですね。ちなみに、昭和31年には10円玉が発行されていません。そういえば、ボクも各年の10円玉集めてたんだけど、あれ、どこいったかなあ。

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 - トリビアNo.102-206