トリビアの泉で沐浴

テレビ番組「トリビアの泉」で放送されたものに、思ったことを書いていきます

トリビアNo.317~324 トリビアの種No.025

      2013/08/23

No.324 「あしたのジョー」の「力石徹」は漫画家のつじつま合わせで死んだ(番組評価 75/100へえ)

「あしたのジョー」の中で、力石徹は矢吹ジョーの最大のライバルとして登場します。当初力石はジョーの少年院の中だけのライバルという設定でした。ところが、原作の高森朝雄先生が力石の顔を大変気に入って、力石とジョーをぜひプロのリングで戦わせいと言い出します。困ったのは絵を描いていたちばてつや先生。なぜなら2人を戦わせるには体格が違いすぎたんです。力石を大きく描きすぎてしまい、初登場のシーンでの2人の体重差は約10~14kgくらい、ボクシングで言うとバンタム級とウェルター級の差があるように見えます。そこで、ストーリーを進めるにつれて読者に分からないように階級のつじつまを合わせていく作業が始まりました。第2巻の142ページでは「力石徹 プロボクシングウェルター級六回戦 デビュー以来十三KO勝ち」とあり、第3巻72ページでは「あの力石くんのからだは どうひいきめに見てもライト級はたっぷりある」となっていて、第5巻37ページでは「フェザー級の新鋭どうし金剛三郎にたいする力石徹の一戦」となっています。それでも2人を戦わせるには力石の体重をジョーの階級の体重に落とす必要がありました。ジョーを太らせる方法もありましたが、ちば先生はそれでは絵にならないと思い、力石をさらに絞る(体重を落とす)方法を採ります。力石は過酷な減量に耐え、勝利を勝ち取ったあと命を落としたのはご存知の通り。ちば先生は力石を万全な体調でリングに上げたかったと悔やんでいます。ところで、この漫画のアニメ化の話が出た頃、テレビ局や編集部からはジョーを上回る人気の力石を殺さない方がいいのではという声が出ていたほどだったんですが、ちば先生は「せっかくここまでつじつまを合わせたのが台無しになってしまう」とストーリーの変更をしませんでした。ところで、これを実際にやることはできるんでしょうか。プロのトレーナーは「絶対無理。死んでしまう」ということです。では、体重を増やしてヘビー級に挑戦する「満腹ボクサー徳川。」みたいなことはできるんでしょうかね。

折出の評価 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

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No.323 15代将軍徳川慶喜は大政奉還のあとカメラマンを志した(番組評価 64/100へえ)

慶応3年(1867年)に政権を返上した江戸時代最後の将軍徳川慶喜は、その後は政治活動などの表舞台には一切関与せず、静岡の別邸で隠居生活を始めました。そんな中、写真家の徳田幸吉(とくだ・こうきち)氏に写真撮影の技術を学んだ慶喜は写真に大変興味を持ち、連日のように写真撮影に出かけていました。その活動の中、慶喜は写真雑誌「華影(はなのかげ)に投稿するようになります。「華影」は旧公家や華族など地位や経済力のあった人々が資金を出し合い作ったもので、毎回テーマが決められ投稿者はそのテーマに沿った写真を投稿していたようですが、詳しい内容は存在する資料が少なく分かっていません。慶喜の作品として「團扇(うちわ)あをり」「獅子置物」「鯉魚遊泳」があり、牛2頭が写った「無題」は入選第2等作品に選ばれました。

折出の評価 ★★★★★★★★★★★★★☆☆☆☆☆☆☆

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No.322 松島トモ子はライオンに噛まれた10日後ヒョウに噛まれた(番組評価 92/100へえ)

久しぶりに来ました、2連出し!まさに弱り目に祟り目!このヒョウは元々フランスで飼育されていたもので、野性に戻すために上部が覆われていない柵の中で飼われていました。松島さんは柵から数十メートル離れた所にいたんですが、そのヒョウが柵を飛び越えて来て、松島さんの首に噛みつきました。そんな急に野性取り戻さなくてもねぇ…。そのまま松島さんは気を失い、病院に運ばれ運よく一命をとりとめました。この一命をとりとめたという表現は大げさでなくて、噛まれた部分があと1ミリずれていたら松島さんは亡くなっていて、生きる為にはここしかないというピンポイントの部分をヒョウが噛んだんです。松島さんのケガは第四頚椎粉砕骨折という診断結果で、この症例で生存するケースが非常に珍しかった為、ニューヨークの学会で発表もされました。

折出の評価 ★★★★★★★★★★★★★★★★★★☆☆

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No.321 ライオンに噛まれた松島トモ子は噛まれる前に送った年賀状に「ライオンに食べられないように祈っていて下さい」と書いていた(番組評価 81/100へえ)

松島トモ子さんは昭和20年(1945年)に生まれ。昭和25年(1950年)映画「獅子の罠」で子役としてデビューしました。本人もまさかそんな予言みたいなことになるとは思ってもみなかったでしょうね。この事件は昭和61年(1986年)1月28日、ドキュメンタリー番組のレポーターとしてアフリカ・ケニアの辺境地で野生動物とともにキャンプ生活をしていたジョージ・アダムソンさんを訪ねていた時に起こりました。アダムソンさんがライオンに餌をやり終えほんの少し目を離したときにライオンが松島さんを襲い、頭や背中、太ももに大ケガを負ってしまいました。

折出の評価 ★★★★★★★★★★★★★★☆☆☆☆☆☆

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No.320 おからは裁判で産業廃棄物にされたことがある(番組評価 53/100へえ)

ことの始まりは平成5年(1993年)。大阪府内の飲食店経営者が豆腐工場から有料でおからを引き取り、それをブタの餌として販売する商売を始めました。ところが、検察は許可を受けず産業廃棄物の収集・処分を行っている廃棄物処理法違反に当たるとして起訴します。被告となった飲食店経営者は「おからは栄養価も高く人間もブタもおいしく食べている食品ではないか」と訴え続けました。そして平成11年(1999年)3月10日、最高裁判所は「食用を除きおからの大部分は価値のないものとして捨てられている。よって産業廃棄物にあたる」との判決を下し被告には罰金40万円を言い渡しました。産業廃棄物と言うと有害な感じがするんだけど、事業活動によって生じるゴミという定義ならそうだよね…。現在年間約71万トンのおからが排出されています。このうち食用とされる約3.5万トンを除く大半の量が産業廃棄物となります。日本人全員が年間6kg、1日15gのおからを食べ続ければ産業廃棄物ではなくなります。これを食糧支援にできるいい方法はないものでしょうかね。

折出の評価 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

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No.319 アリジゴクは2年間ウンチをしない(番組評価 78/100へえ)

アリジゴクはウスバカゲロウの幼虫で、成虫であるウスバカゲロウになるまでに2年かかります。砂にすり鉢状の穴を掘って落ちてきた獲物を食べて生息します。食べると言っても、アリジゴクのだ液に含まれる毒で獲物を殺し体液を吸い取るので、体内にカスがほとんど残りません。そのためアリジゴクの肛門は閉じたままで機能しません。わずかに残ったものが宿便として溜まり、成虫になった時にウンチとして排泄します。幼虫の間に溜めた2年分のウンチ!さぞ多いんだろう…ということはなく、もともとカスとなるものがないので出てくる量はほんのちょっと。人間でこうだったら…。そのあたり、マンガの「トイレット博士」くらいにありそうなネタではありますが。

折出の評価 ★★★★★★★★★★★★★★☆☆☆☆☆☆

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No.318 水戸黄門は7人いた(番組評価 56/100へえ)

水戸黄門というものが人の名前とも思っちゃうくらいなじんじゃってますが、黄門は役職の名前。中納言という役職の別名です。この「黄門」という言葉は中国から来たものです。古代中国は役所の門の扉が黄色に塗られていて、そこから「黄門」という言葉が生まれました。その後「黄門」は「門下省」という政府の最も重要な機関で働く人を指す言葉になりました。日本では「中納言」の職務内容が「黄門」の役職と類似するため「中納言」に就いた人を指すようになります。水戸黄門、と聞いてパッと思いつく水戸光圀は水戸藩の第2代藩主。光圀は歴史書「大日本史」をまとめるなど功績を残したため、本人を題材にした物語や演劇が多く作り出されました。その影響から徳川光圀だけが特に水戸黄門として知られるようになりました。では、光圀を含めた7人をご紹介。初代頼房(よりふさ)、2代光圀、3代綱條(つなえだ)、4代治保(はるもり)、5代齋脩(なりのぶ)、6代齋昭(なりあき)、7代慶篤(よしあつ)。山手線ゲームにでもお使いください。

折出の評価 ★★★★★★★★☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

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No.317 美男子コンテストは明治時代にも行われていた(番組評価 80/100へえ)

現在の毎日新聞の前身「毎日電報」が行ったこの美男子コンテストは、明治38年(1905年)日露戦争に勝ったため、海外に向け「日本にはこんなな立派な男子がいる」ということを知らしめようということで行われました。明治43年(1910年)9月22日の新聞に募集要項を発表したところ、1000通もの応募がありあました。そんな中、1位に選ばれたのは前田利彭(まえだ・としちか)さん。加賀百万石で有名な前田家の末裔というご身分。ところが、原因は分かりませんが、この後前田家から追放されています。やっぱり時代が早すぎたのかなあ。

折出の評価 ★★★★★★★★☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

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トリビアの種No.025 旅館のお膳は47段まで積める(番組評価 八分咲き)

お膳は昔は身分の高い人のためのご馳走を載せるために使っていました。今では旅館などで宴会や朝食用の和食料理を載せる道具として使われています。さて、このお膳はいくつ積み重ねることができるんでしょうか。使われたお膳は現在最も一般的に使われているタイプで、プラスチック製の脚とお膳の上部が分かれるものを使いました(横幅55cm、縦幅42.5cm、高さ25cm)。料理が載った状態で積んでいくこととし、粘土を使用して本物と同じ重さを再現しました。重さはお膳のみで2kg、料理込みでは3kgです。さいたまスーパーアリーナでトラック式の高所作業車を使い、明石大橋や鳴門大橋の測量を手掛けた国際航業測量士の精鋭チームが記録に挑戦します(別に「びっくり日本新記録」やってるわけじゃないですね)。きっちりと測量して垂直に積み上げていき、バランスを崩して倒れることがないように充分配慮して作業が進みます。20段目を積んだところで、一番下のお膳の上部にたわみが発生しました。そこからもさらに慎重に作業を進め、47段積むことができました。そしてその47段積まれたお膳は「モンスターボックス」として筋肉自慢の男性が飛び越す…ことはありません。計算すると、高さはだいたい12mくらいですか。一気に崩れ落ちていきました。頭に当たった人もいたけど、安全対策はバッチリ。みなさんは真似しないように。

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 - トリビアNo.309-399