トリビアの泉で沐浴

テレビ番組「トリビアの泉」で放送されたものに、思ったことを書いていきます

トリビアNo.451~457 トリビアの種No.044

      2013/08/24

No.457 プロレスでタイガーマスクだらけの試合が行われた事がある(番組評価 64/100へえ)

梶原一騎の原作の漫画で有名なタイガーマスクは、昭和56年(1981年)にプロレス界に初代タイガーマスクがデビューして以来、代を重ねて存在する人気の覆面レスラーでもあります。この試合は平成9年(1997年)10月12日に行われた格闘技イベント「格闘技の祭典」で、梶原先生の没後10周年記念興行として行われました。生みの親の追悼大会ということで団体の垣根を越えて実現したこの試合は、初代と4代目対2代目と3代目の30分一本勝負で行われたタッグマッチ。タイガーマスク・フェスティバルと銘打ったこの試合は初代・4代目が勝ちましたが、負けた3代目タイガーがレフリーのブラックタイガーに猛抗議するという一幕もありました。…そろそろ、誰かやりませんか? キン肉マンで。あの世界観で一団体旗揚げできそうだけど。

折出の評価 ★★★★★★★★★★★☆☆☆☆☆☆☆☆☆

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No.456 「できるかな」のノッポさんは「ひらけ!ポンキッキ」の台本を書いていた(番組評価 83/100へえ)

ノッポさんこと高見映さんははNHK教育テレビの番組「できるかな」昭和42年(1967年)から平成2年(1990年)まで子供たちに工作を教えてくれた人です。ひらけ!ポンキッキは1973年から始まったフジテレビの人気子供向け番組です。高見さんは「ひらけ!ポンキッキ」の番組開始当初からおよそ10年間構成作家として番組に参加していました。「ひらけ!ポンキッキ」の演出をしていた野田宏一郎さん(この人がガチャピンのモデルなのは既出トリビアですね)が他の番組に出演している高見さんを見て「リズム感あふれた輝いたおっさんがいるな」と思って声をかけたのがきっかけです。そうかあ、「できるかな」の後を受けて始まった「つくってあそぼ」も、もう10年以上やってるのかあ…。工作する「わくわくさん」がしゃべりながら作ってるのを番組当初に見たときは軽いインパクトがあったなあ。

折出の評価 ★★★★★★★★★☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

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No.455 「チンチン」というバラがある(番組評価 81/100へえ)

1978年に品種改良によって作られた品種で、フランス語で「乾杯」という意味です。現在バラの品種は1万5000以上の種類があって、毎年新たに200種類以上が品種改良によって作られています。ハニーナイツも「オー・チンチン」って曲、歌ってますね。ちなみに、品種改良はその特性が3世代出ないと新種とは認められません。2世代続いた黒いバラが3世代目では黒くならなかったのに、それを作っていた死期の近い目の見えないおじいさんに「3世代目も黒いバラが咲いた」とウソをついたお話が「シティーハンター」でありました。

折出の評価 ★★★★★★★★★★★★★☆☆☆☆☆☆☆

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No.454 忍者は足音を立てないように自分の手の甲の上に足を乗せて歩く(番組評価 72/100へえ)

パッと見、アヒルが歩いてるみたいです。幼稚園や保育園で取り入れたら喜んでまねしそう。これは「深草兎歩(しんそうとほ)」と言われ、足より感覚の鋭い手を地面につけることで、暗い部屋の中などで不用意に何かを踏んでしまったり段差に引っかかったりするのを防ぐために使われ、暗闇でも音を立てずに枕元でも歩くことができるものでした。この「深草兎歩」は秘伝中の秘伝で書物にはほとんど書き残されていませんが、服部半蔵の書いた「忍秘伝(しのびひでん)」に残されています。

折出の評価 ★★★★★★★★★★★★★★★★☆☆☆☆

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No.453 戦国時代に「愛」という字を掲げた兜をかぶった武将がいた(番組評価 89/100へえ)

その兜は顔よりも大きく「愛」という字が掲げられています。この兜は上杉謙信の寵愛を受けた直江兼続(なおえ・かねつぐ。1560~1619)のものです。兼続は謙信と上杉景勝に仕え、内政外交に大きな手腕をふるった武将です。この兜は今も残っていて、山形県米沢市の上杉神社にあります。この「愛」という字は兼続の武将としての信条・人生観を表した「愛民の精神」からきたものであろうといわれています。兼続は22歳のとき、3歳年上のお船の方(おせんのかた)と結婚にします。仲のよい夫婦だったようで、一国の過労や重臣の要職ともなれば複数の女性と関係を持っても不思議でない時代だったにもかかわらず、兼続にはそのような話がありません。愛ですねえ、愛。

折出の評価 ★★★★★★★★★★★★★★★★★☆☆☆

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No.452 三遊亭小遊三はオリンピックの聖火ランナーだった(番組評価 75/100へえ)

落語家の三遊亭小遊三さんは東京オリンピックで聖火ランナーを務めています。小遊三さんは当時17歳で、山梨県立都留(つづる)高校卓球部のキャプテンでした。東京オリンピックの聖火ランナーを選出する際、山梨県では運動部に所属する高校生というテーマがあって、天野幸夫さん(小遊三さん)は顧問の先生の推薦で選ばれました。当日は山梨県の名所の猿橋を含む1.2キロの区間をおよそ6分で走ったのですが、その区間は学校から離れていて、同級生は全員学校近くの区間で聖火ランナーを応援していました。そのため区間の違う小遊三さんは誰にも応援されることはなく、両親も応援に来ませんでした。ちなみにお父さんはその時自宅にいたそうです。

折出の評価 ★★★★★☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

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No.451 ケンタッキーフライドチキンは最初ガソリンスタンドだった(番組評価 67/100へえ)

ケンタッキーフライドチキンは世界中に1万店以上ある巨大ファーストフードチェーンです。このことは創業者であるカーネルサンダースの自伝「Finger Lickin’ Good」に記されています。1920年、当時30歳のカーネルは石油会社の総支配人からガソリンスタンドの経営を任されました。カーネルはお客が道を尋ねに来ただけでも誠意のある接客を心がけました。その結果、ガソリンスタンドは繁盛し、40歳になったカーネルはスタンド横に小さなレストラン「サンダース・カフェ」を造りました。しかしカーネルが49歳のときに火事で店が全焼してしまいます。店を失ったカーネルは唯一の財産だったフライドチキンの調理法を教える代わりに売れたチキン1羽につき5セントを受け取るというフランチャイズビジネスを始めました。これが大成功し、20年後にはアメリカで200店を超え、カーネルが73歳の時には600店を超える巨大企業へと成長していきました。カーネルは今ではみんなにこよなく愛される存在となり、地元スポーツチームが優勝したときは川に投げ込まれたり、酔っ払った人を介抱したりしています。まあ、これは酔っ払った人が持っていっちゃうってことだけど…。こんなこと、やっちゃダメだよ。

折出の評価 ★★★★★★★★★★★★☆☆☆☆☆☆☆☆

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トリビアの種No.044 プロ野球12球団で一番足が速いマスコットは北海道日本ハムファイターズのB・B(番組評価 八分咲き)

プロ野球には欠かせないマスコット。野球場ではゲームを盛り上げるのに一役買っています。このマスコット、誰が一番足が速いんでしょう。今回は西武ライオンズのマスコット、レオと大阪近鉄バファローズのマスコット、バフを除く10球団のマスコットが参加しました。足の速さを競ったのは群馬県の高崎競馬場です。競馬場の直線100mを走ります。ちなみに、ダートコースです。では、ゴール前実況を。

北海道日本ハムファイターズのB・Bが2位以下を引き離してゴールイン。その後に福岡ダイエーホークスのハリーホークが続き、やや遅れて阪神のトラッキーが入線。そのすぐ後ろに読売ジャイアンツのジャビットと中日ドラゴンズのドアラがほぼ同時に入線。ややジャビットが優勢か。6番手に千葉ロッテマリーンズのマーくんが入り、以下、オリックスブルーウェーブのネッピー、横浜ベイスターズのホッシーがゴール。そして、広島東洋カープのスラィリーが続き、そのすぐ後ろにヤクルトスワローズのつば九郎が入りました。つば九郎はスタートのゲートで翼が引っかかって出遅れたのが最後まで響きました。

今回1位となったB・Bの100mのタイムは15秒9でした。B・Bは札幌ドームで大活躍してるんです。今回足の速さは証明されましたが、スタジアムでは内野と外野の境目からスタンドに向かって大遠投したり、イニングの交代の時には観客席の中に入ってカメラに向かって手を振り、スコアボードのビジョンに映ったり。ホントよく動き回るんです。札幌ドームに見に行って、びっくりしたもん。

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 - トリビアNo.400-504