センチュリーシネマで「ボーダーライン」を観る。この世は杓子定規にジャッジできるものではない。
優秀なFBI捜査官のケイト(エミリー・ブラント)は、メキシコ麻薬カルテルの全滅を目的とした部隊に入り、特別捜査官(ジョシュ・ブローリン)のもとで極秘任務に就く。ケイトは早速、謎めいたコロンビア人(ベニチオ・デル・トロ)と共に国境付近の捜査を開始。人が次々と亡くなる現実を突きつけられたケイトは……。
「こちら側」と「向こう側」の価値観
ボーダーラインの「こちら側」にいるボクたちに「向こう側」の世界を提示していた。それは「こちら側」が思っているような、ルールに基づく正義の価値観が違う世界。
観ているこちらも、突然違う世界に放り込まれたまま、淡々と進んでいくストーリーに釘付けになってしまう。時々入ってくる大きな音やショッキングな映像が、さらに非日常感を演出する。でも、これは「向こう側」では日常なのだ。
ケイトも、その違いに悩み、なんとか「こちら側」の価値観で戦おうとする。しかし「こちら側」の価値観の前では無力。女性と同じ感覚を、ボクたちは味わうことになるのです。
この作品では明確に「こちら側」と「向こう側」が分かれていたけど「こちら側」にいるボクたちだって「あちら側」の価値観の中に放り込まれることだってある。ルールに基づく正義の上をいってしまうような世界に出くわしてしまうこともある。
その時に、ボクたちはどう戦っていくんだろうか。ルールを守ることに固執して、大事なものを奪われてしまうことになりはしないだろうか。
ボーダーラインの「向こう側」に対して「こちら側」の価値観を当てはめるのは無謀なことだと感じた作品でした。多様な価値観を認める…というか、多様な価値観がある、ということを知らないと始まらないことも、この世には多くあるのだ。
サッカー選手に例えたらこんなタイプ
センターバック。前の選手の動きが悪くなったら声を出して奮い立たせるタイプ。
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