1945年の三河地震。当時は太平洋戦争中で、詳しい被害の様子は報道されなかったようです。
これが知られていたら、昭和の時代に、地震への備えはもう少しされていたのかもしれないなあと思うのです。
愛知県に住んでいて、知りませんでしたよ。三河地震の地割れが保存されていることに。
先日、愛知県蒲郡市西浦に行った時、三河地震の断層に向かう行き先案内がありました。
場所は、宗徳寺。本堂の裏側になるでしょうか。見学用のテラスがあり、そこに立つと保存されている地割れを見ることができます。
写真では少しくぼんでいる程度にしかみえないし、大きな災害があったようには思えないけど、それは地震があって70年以上経っているという、時の流れがあるから。
むしろ、当時2000人を超える死者が出た地震なのに、その激しさが徐々に消えていっているようにみえるのが、自然のすごさなのかも。
宗徳寺の周りには、そんな大きな地震があったことを感じるものは多くない。それは復興したということなのかもしれないけど、忘れてしまう恐れだってある。
だから、こういうものを残しておいて、後世への警鐘をならすことも大切だ。
災害はいつも、不意をつくように、突然やってくる。心構えはできているだろうか。物理的なこともだけど、気持ちとして。
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