ミッドランドスクエアシネマで「バケモノの子」を観る。いろんな視点から観ることができるけど、40のボクはやっぱり、父親からの視点からだ。

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人間界「渋谷」とバケモノ界「渋天街」は、交わることのない二つの世界。ある日、渋谷にいた少年が渋天街のバケモノ・熊徹に出会う。少年は強くなるために渋天街で熊徹の弟子となり、熊徹は少年を九太と命名。ある日、成長して渋谷へ戻った九太は、高校生の楓から新しい世界や価値観を吸収し、生きるべき世界を模索するように。そんな中、両世界を巻き込む事件が起こり……。

引用元:映画『バケモノの子』 – シネマトゥデイ

浮かび上がってくるのが「父と子」の物語。ひと世代前は「父親の言うことは絶対服従!」のような親子ものアニメが多かったけど、この作品はちょっと違う。父親になろうとする熊徹は九太を縛りつけようとするけれど、九太はそれに反発する。

確かに、熊徹の行動を見ていたら「こんな父親は嫌だ」と思うよなあ。父親としては尊敬できるところはない。ただ、それ以上に人間的魅力…あ、バケモノだから人間ではないのか。なんと言うか、周りを惹きつける魅力があるんだよね。

父親としては嫌いな九太も、そこは感じ取ったんじゃないかなあ。だからこそ、格闘のシーンではあの名セリフが生まれたわけで。ボクはあのセリフは、サマーウォーズの「よろしくお願いしまーす!」に匹敵する、テンションが上がるものだと思ったよ。

その人に魅力があるかどうかが、尊敬される要素になるんだな。父親としての魅力は、その次の次元だ。身近にいる人を見ても、そんな気がする。

そして、熊徹があそこまで魅力的なキャラクターになったのも、役所広司さんの演技があったからこそ。最初に発した声だけで熊徹のキャラクターを表現してたのは、恐れ入った。

俳優が声優をすることの答えが出た

それで思ったんだけど、俳優が声優をすることについて、ボクの中で答えが出た。「うまい奴はうまい!」って。演技力がある人は、声だけの演技になっても成立するんだ。

最後にスタッフロールが流れて「え、この役、あの人だったの!」って思えるのが、その基準かな。そのためには、なるべく情報を聞かないで観ることをしなくちゃいけないんだけど。

父親の役割を演じるって、あんまり力を入れすぎると空回りするのかもしれないね。自分が思い描く通りの父親になれなくても、周りに流されずに自分を貫いていた方が、結果としていい父親になれるのかもしれないな。