TOHOシネマズ名古屋ベイシティで「散歩する侵略者」を観る。観たあとは、見えないものが頭の中に浮かびあがる。なるほど、これが概念か。

「散歩する侵略者」サイトトップページ

映画『散歩する侵略者』公式サイト

鳴海(長澤まさみ)の夫・真治(松田龍平)が、数日間行方をくらまし、別人のようになって帰ってくる。これまでの態度が一変した夫に疑念を抱く鳴海は、突然真治から「地球を侵略しに来た」と告白され戸惑う。一方、町ではある一家の惨殺事件が起こったのを機に、さまざまな現象が発生し、不穏な空気が漂い始める。

引用元:映画『散歩する侵略者』 – シネマトゥデイ

放り込まれて、徐々に分かる世界

まずは作品の中にぽーんと放り込まれる。こちらが「え? なに?」と戸惑っていると、徐々にどういう世界にいるかが分かってくる。暗闇に放り込まれて、だんだん目が慣れてくるような感じかな。

自分も宇宙人になったような感覚。仕事や家族、自分、愛の概念を宇宙人が知りたがることで、こちらも自分の中で考える。こういう気持ちになるんだよね、劇団イキウメの前川知大さんの作品って。

ボクは舞台は観たことないんだけど、映画「太陽」は観ました。あの時にも同じことを感じたなあ。「さて、キミはどうだい?」と、とがったものを突きつけられるような感覚。それを観ていたから、この作品も気合いを入れて観ることができた。

そう、気合い。何か力強いものを受け止める時に身構える感じ。そうやって観ていると、受け取り方もかなり変わってくる作品だ。なにしろ、最初に放り込まれるからね、独特な世界に。

想像をすると見えてくるもの

「少し想像してみてください!」と大勢を前に声を上げても、それが届かないことは分かっているという虚しさ。ボクらはたぶん、想像はできない。普段の生活で起こらないことは、この世にはないものだというくらいに思ってしまいがちだ。

でも、そういう想像をしてみることだって大切だ。自分の生活を脅かすものが存在し、それがこちらに向かって牙をむいたら……? この作品みたいに、宇宙人というのは行き過ぎだと思うならば、テロのようなものを想像してみるとどうだろう。

立ち止まって考えてみよう。見ないふりはしないようにすると、気づくことはいっぱいある。脅威だって、愛だって。この作品を観終わると、本当はそこにあるのに見えなかった概念が、頭の中に浮かんでくるかもしれない。

あ、それを奪い取るのが宇宙人の目的か! まんまと術中にはまってる! このあと、宇宙人が侵略しに来るかも。……ボクの感覚が、作品と現実をいっしょにしてしまっているようだ。